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CATのアメリカ東海岸留学

CATのアメリカ東海岸留学

アメゆきさん(その1)

毎年日本に帰るための航空券を手配するために日系旅行会社数社(アメリカ~日本便は
日系旅行会社が一般のアメリカの旅行会社より安い)に電話するのだが、
そのうち某H○○のNY支店は常にスタッフの態度が非常悪い(ので2~3回電話した後に
もうかけるのをやめてしまったのだが)。ちなみに結局ここが一番安かったこともなかった。

この旅行会社のスタッフの態度の悪さでふと思い出したことがあった。

スタッフの対応が悪というのは、そのスタッフ自身が会社からよく扱われていない
からかもしれないということは容易に想像つくが、確かに在米日系旅行会社のスタッフという
職種は(特に現地採用の場合)冷遇されがちという話は時々耳にする。
その裏には雇用側に「この待遇で納得できないなら辞めてもらって結構です」と
言われてしまったら(同時に労働許可も失うので)路頭に迷うしかないという労働側の
あまりの立場の弱さがある。通称「ビザ奴隷」というやつだ。

これはNYではないが、自分が以前住んでいた某州某所の日本食レストランでは、
ウン年後にGC(永住権)取得を約束するから、というエサにつられて日本からやってきた
日本人の女の子達がタコ部屋のようなところにおしこめられて、信じられないような
安い賃金で働かされていたのを目の当たりにした。(オーナーも日本人。)

LA近郊の日本食レストランのビザサポートをちらつかせた求人広告というのも目に
したことがある(まあ、そんな求人広告はこっちの邦字紙を見ればそれこそいやという
ほど目に入るが)。最初の半年間は研修(無給)だそうだ。もちろん半年後にはほとんどの
人は捨てられるのだろうが、それでも応募者がいるというのがなんとも不思議だ。

話は戻るが、なんで在米日系旅行会社の現地採用者の過酷な雇用環境を知っているかというと、
知り合いにそういう立場の人がいたからだ。

彼女が最初アメリカに留学したいきさつなどはあまり聞かなかったが、資金は自分で稼いで
留学してきたタイプであった。最初の1年間は順当に語学学校通い、その後その語学学校と
提携している私立の四年制大学が提供している2年間のプログラム(いわゆる
Associate program というやつで、コミカレなどと同じである)に入り、卒業。

最近は短大卒の学位(Associate degree)しかない場合、プラクティカルトレーニング
(PT)をとるのが難しいらしいが、当時はそれが当たり前のようにとれた時代で、
だから難なくPTの資格をとって地元の旅行会社に就職したらしい。

PTとはなにかを念のため解説しておくと、アメリカの場合学位(や資格)取得後に
学生のステータスのままで1年間の就労許可(趣旨は、学んだことのプラクティカル(実地)
トレーニング(研修))が下りる。学校卒業後アメリカで働き続ける場合、卒業後PTで
とりあえず就職、そしてその一年間の「執行猶予」期間中に本物の就労ビザ
(たとえばH1bなど)をとるというのが順当パターンである。

さて話を戻すと、その知り合いはアメリカで短大卒業後、在米日系旅行会社で勤めはじめた。
ちなみに実際に就労許可(PT)がもらえても、カナダやオーストラリアのワーホリと同様、
実際に仕事に就けるかどうかはまた別の話で、彼女はかなりラッキーなケースだったらしい。
逆に言えばかなり悪い条件でも飲まざるをえなかったということだ。(仕事がないより
マシだからね。)ここら辺から彼女の負のサイクルが始まることになる。

その次のステップである就労ビザ申請(一年後)の際には名目上「その人材の特殊技能が
その会社などにとって必要不可欠で、アメリカ人にはそういった人材は見あたらない」
という大義名分(と学歴かそれにかわる職歴)が必要になってくる。
その知り合いの専攻が何であったかは忘れたが、旅行会社に必要とされる
「特殊技能」というものはあまりないので、専攻が何であれ、(今はなき)移民局向けには
かなりこじつけがましい「言い訳」をしなければなならい。(そしてこの「言い訳」を
いかにうまくこじつけるかが移民弁護士の力量といっても過言ではない)。

ここに至るまでにすでに劣悪な給料で一年間働いたわけだが、(収支は若干の赤字だった
らしい・・・つまり働いているにもかかわらず、貯金を食いつぶしながら生活していた
わけだ)さすがにそのボロボロの状態で日本には帰れないと思ったそうだ。

しかして彼女はかろうじて就労ビザを取得して(ビザ取得費用は自分もち)さらに
劣悪な条件下働き続けることになる。ちなみにここいらへんが「就労ビザ(もしくは
永住権)は魔法の杖ではない」
と言われるゆえんである。つまり、もちろん英語では
ネイティブにかなうわけもなく、その弱点を補って余りある専門知識や技能がなければ
例え合法的に就労できるステータスを得たとしても、アメリカ人と同じ土俵に
立つことすらままならないという実状である。(アメリカに「住み着く」ことを
目標としている人はグリーンカード(GC)取得を当面の目標にしている人が
多いが(そしてGC取得後にはバラ色の人生が待っていると思ってるとしか思えない人が
多い)やっとのことでGCを取得したところでスタートラインにすら立てていない
現実に愕然とするというケースはよく聞く。)

彼女が後日しきりに強調していたのは、当時は毎日生きるのに必死で
自分の将来について客観的に思考する余裕がなくなっていたということだ。
もらっていた給料は本当に生活していくのにギリギリの金額。
電気代を節約するために冬にも暖房をつけずに毛布にくるまって震えていたそうだ。

こういった状況は実は海外生活などのような特殊なケースでなくても、
日本のふだんの生活の中でだってありえる話だ。

たとえばクレジットカードの負のスパイラルにはまってしまった人。
とりあえず支払日を切り抜けるために、他のカードでキャッシングしてしのぐ。
これは冷静に考えれば借金を増やしているだけなのだが(つまり全く建設的でない)、
追い込まれた人というのはもう目先の問題を切り抜けることだけでせいいっぱいに
なってしまっていて、そういった判断能力を失ってしまうものなのである。
(そしてそういった精神状態まで追い込まれると、えてしてまわりの忠告なども
耳に入らなくなる。)

彼女のケースにしたって、一刻も早く日本に帰ってバイトでもなんでもいいから
生活を立て直すのが建設的な考え方だと思えるのだが、とにかく毎日の生活に追われて
そういった包括的な考え方ができなくなっていたのだと思われる。さらに、劣悪な
勤務条件で働き続けている間に蓄えなども消耗し進路転換に必要な基本的な
経済的余力も奪われていったのだと思われる。

そして彼女の場合、そういう生活をしている間にへたをすればそういった逆境的な環境に
慣れてしまった(ハマってしまった)というこのなのではないだろうか。

悲劇のヒロイン症候群という言葉をどこかで聞いたことがあるような気がする。(つづく

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